仕事
責任の所在が明確でない
素人に毛が生えた程度の自分に責任はあるのか
上司も参画してくれてはいる
自分だけの責任ではないのか
でも問題が発生すると上司はフェードアウト
んんー
なにが気持ち悪いのか
自分の仕事の範疇がきっちりと分けられていない
分けられていないのに責任は自分にくる
責任とはなんだ
ミスれない
それは仕事だから当たり前か
知らなかった、からミスったはギリ良い
教わる機会もないのに責任だけ背負わされるのが気持ち悪いのか
チームとして、技術継承とかダブルチェックの体制がとられていないのが問題じゃないか
ではそれをどうするか
完全に責任を背負わせてくれたら、むしろ楽なのだ
中途半端に役割分担もないのにごちゃごちゃと複数人がからむから責任の所在も曖昧になる
自律神経失調症なったくさい
年末から微熱とのどのつっかえが取れない
微熱は夜になると上がる傾向にあった
また胸痛があってタバコを吸うと痛い
筋肉痛のように肩や背中も痛い
忘年会前に37.2℃の微熱が出て、インフルコロナが流行っているのもあり欠席
その後ものどのつっかえがずっとあり、風邪の引き始めかな?くらいに思っていた
年が明けて仕事はじめ
一週間働いたら昼間に37.6℃の発熱
早退して病院に行くも、風邪と診断され風邪薬を処方される
ここから、夜に微熱、ではなく昼間も微熱が出ることがあった
変わらず微熱とのどのつっかえ、筋肉痛のような痛み
胸痛はタバコを控えることでだいぶ楽になった
その1週間後、改めて病院へ
コロナインフル検査するも陰性
レントゲンも異常なし
血液検査も異常なし
病原菌によるものではない
レントゲンも異常なしなので肺がんとかでもない
医者の見解としては『原因不明』
でも病原菌やがんなどの重大な病気じゃないことが分かって良かったですね、と。
最近タバコを吸いすぎていたから、肺が軽い炎症を起こしてて微熱が出てるのかな、と思っていた
しかし、その数日後、頭に血が上っているような感覚が新しく始まった
脳に血が行き渡って降りてこないような感覚
眉間とこめかみの血管が収縮しているような。
脳梗塞?くも膜下?と思ったが心拍は正常
症状を振り返る
なかなか治らない微熱
のどのつっかえ
胸痛
肩や腰の筋肉痛のような痛み
頭に血が上る感覚
それに加え、なぜか
平日ばかり熱が出る
休日は熱も出ず、普通に過ごせることが多い
そして、会社にいると顔が火照って赤くなる
という症状を総合的に考えたら
仕事のストレスによる自律神経失調症
が一番可能性ありそう
上司が江戸っ子みたいな人で会話が出来ない
転職して1年で任されるプレッシャー
教育体制も整っていない
まだまだ初めてのことばかりの緊張
素人に毛が生えた程度の知識しかないのに、3000~4000万円の住宅の責任を追えるか
そのプレッシャー、緊張がメンタルに影響して、自律神経を狂わせているっぽい
微熱も、体は火照るけど頭はぐわんぐわんしたりしないんだよなぁ
でも最近は眉間とこめかみがギューっとなる感覚がすごい
あと吐き気も出てきた
やべーな
楽して生きるのも楽じゃない
普通に生きているだけではつまらない
楽したい、と思って生きていると楽しくない
頑張って生きないと面白くない
頑張らないと、人生は面白くない
頑張らなきゃいけない
頑張るって大変だ
頑張るって辛い
辛いことをしないと人生は楽しくないのだ
人生とは残酷だ
生まれてこないほうがよっぽど幸せだ
学生の頃は準備期間だった
なんの準備かというと
「やりたいことをする」準備だ
「なりたい自分になる」準備だ
そのために関連する学問を勉強して
お金を稼げるように大卒のレッテルを手に入れて
いざ就職となった時に
「特に資格も知識もいりません」という仕事に就いてしまう人が大半だ
今までの準備期間はなんだったのだろうか
そうして準備期間を終えて本戦に進むことになる
でもその本戦は戦わなくても参加できてしまう
参加だけして、参加賞をもらって
大きなストレスもなく
勝つために努力しなくても失格にならない
頑張ろうが頑張るまいが過ごしていけてしまう
なにか面白いことはないかな、とさがし続けないと楽しくない人生になってしまう
探さないとダメなのだ
もはや義務だ
楽しいことをしないと楽しくない
楽しいことって疲れることだ
カマキリはそんなこと考えない
ただ寝て起きてご飯を探して食べてまた寝る
人間はそれを許されない
社会的に貢献しているという自覚がないと自尊心が無くなりやんでしまう
自分がやりたいことだけをすれば罪悪感が芽生える
本能を制御し、理性で生きる人間は
この世のどの生物よりも不幸で残酷な生き物になった
そんな生き物を増やしたいというのだから
世の子育てしている人は盲目的だ
子供がいればそんな真理について考える暇もなく
しかも自分を頼りにしてくれる存在を自分から作るわけだから、究極の自己中だ
でもそれが世の中では正とされているから、人間はいつまでたっても牢獄から抜けだせない
暇潰しが人生だ
悲観的な意味ではなくて、本当に全てのことは死ぬまでの暇潰しなのだ
200年後には、大谷翔平すら忘れ去られているかもしれない
大谷翔平も、野球という暇潰しをした人物でしかなくなるのだ
いずれは地球も太陽に飲み込まれて跡形もなく消える
我々人間ひとりが生きている意味なんて。はじめからない。
いつからこんなに生が辛くなったのだろうか
子供の頃はそんなこと思わなかった
中学でも、高校でも、大学でも、入社した会社に勤めだした頃も、こんな考えはなかった
どこから生じたんだろう
隙じゃない人生を送るって結構大変だ
そうまでしないと楽しい人生にならないのだから
やはり人間は難しい
クローゼットで首をつった三浦春馬も竹内結子も上島竜兵も、人間であることに耐えられなくなってしまったのだろうか
それでも愛する人を残してさっさとこの世からフェードアウトすることは僕にはできそうもないんだが。
なんらもなー
優れるな、異なれ
趣味が続かない理由
「他人の評価を気にしすぎた」
だった。
イラストを描いても
「誰の目にも止まらないんじゃないか」
「これがお金を稼ぐことに繋がらないんじゃないか」
「下手だと批判されたりするんじゃないか」
小説を書いても
「誰も読んでくれないんじゃないか」
「出版する未来なんて無いんじゃないか」
「だったら意味がない」
と思ってしまっていた。
イラストも小説も写真も
「自己表現」だ。
自分という人間を、感性を、センスを
物を創造することで表現したかったのだ。
それが目的のはずだったのに
いつしかそれは「手段」になっていて
「創造し自分を表現すること」で
「他者から評価を得たい」という目的を
達成しようとしていた。
違うのだ。
「創造する」という手段で
「自己表現」という目的を達成する
だけで良かったのだ。
僕は「頭がおかしい」。
なんとか周りの人間に溶け込めるように
普通の人生を演じてきたけど
不倫の末の略奪婚だし
子供がほしいと思えないし
この世界がなぜ存在しているのなずっと気になっているし
全裸に靴下が一番興奮するし
人の気持ちがわからない
おかしいことを受け入れて欲しかったのだ
せっかくおかしいんだから
それで悩むだけじゃなくて
その異質な部分を認めて欲しかったのだ
でも認めてほしいって誰に?
太宰治は認められたくて小説を書いたんだろうか ゴッホは認められたくて絵を描いたんだろうか
Vivian Maierは有名になりたくて写真を?
違う。
きっと「自分を表現する方法がそれだった」だけなのだ。
居酒屋のカウンターで
意気投合して話をする人も
つたない英語でも海外旅行を自慢する人も
仲間外れが嫌で適当な愛想笑いと相槌を打つ人も
そんな人たちの目をなぜ気にするのか
気にしすぎていたのだ
SNSの弊害をモロに食らったというところか
作ることだけでいいなら一番いい
でも小説を書いたとして、
やはり誰かに読んでほしい
それがなん100人とかではなくていい
ひとりでもいい
大勢に読んでもらおうとしなければいい
勝手に読んでくれでいい
変なハッシュタグをたくさんつけなくていい
イラストは描けたらいいなと思うが
あれも自己表現ができているからだと思っていた
でも自分は絵で自分を表現するということが浮かばない
でもあの自己表現技法はうらやましい
だから描いた
カメラメーカーを活性化させるなんて大義名分を準備して
でも、結局それは
「カメラメーカーの目に止まって一目置かれる」
ということを目的にしている
やはり他人の目、評価を得たいがためだ
小説はどうだろう
SF小説は断続的に書いているけど
なにが目的だったろう
いつか有名な脚本家の目に止まって
世にも奇妙な物語を作ろうと誘われるとかだろう
打算的で、手段と目的を履き違えた考えだ
とりあえずコレクションとして投稿するだけにすればよいのだ
「異質」であることを表現するだけでいい
ネットに繋がっていないと思えばいい
世界にたったひとりでもやりたいと思うかどうか
30歳すぎると時間が早くなるというか
今年で32歳になる。
26で結婚して
28でマンションを買って
30で転職をした。
好きな人と暮らして
お金に困るようなこともなく
やりたい仕事をできている。
しかし困ったことが起きた。
最近なんとなく人生にハリがないのだ。
よく人生の三大イベントは
結婚、出産、マイホーム
と言うが
結婚、マイホームを済ませ
子どもは持つつもりがないので
もうイベントというイベントはない。
派生イベントという特典のある「子ども」は
退屈しのぎには打ってつけだと身に染みる。
なんだか
31にして「余生」に突入した感がある。
直感的に「これはまずい」と思った反面
本当にまずいか?とも思う。
これからの毎日は
いつも通り仕事をして
たいして疲れてはいないけど
疲れた~っ!と風呂上がりにビールを飲み
奥さんとテレビを観て眠りにつく。
春は昭和記念公園でお花見をして
夏は目の前の公園の花火大会をベランダから見て
秋は奥さんの誕生日に旅行に行って
冬は寒いから家のなかでヌクヌクとバチェラーを観る。
幸せな日常 みたいに思えるが
本質は「特にやることがない毎日」を
送っているだけなのだ。
平穏な日々というのは
なんともつまらない。
レアコイルみたいな気分だなと思った。
レベル30でコイルから念願の進化。
「やっとここまできた!」
と長年の目標を達成し
順調に10万ボルトとかみなりを覚えた。
バトルで負けることもそうそう無くなってきた。
経験値があるから
なんとなくこう戦えば負けない
というのが分かるのだ。
おかげで勝率は上がったものの
手に汗握るバトルは久しくしていない。
このまま、ところどころで新技を覚えて
ゆくゆくは100レベになって…。
それで…。
…それで?
30歳を越えたぼくはまるでレアコイルのようだ。
ある程度のことは「どうせなんとかなる」と思えるし
なんとかできてしまう自信もある。
これが
「30を越えると時間が速い」
と言われる理由なんだと思う。
20代の頃の「向上心」が無くなってしまうのだ。
このままで別にいいかな。
特に困ってないし。
なにかを頑張らないといけない状況でもない。
そもそもそんなこと
周りの人が望んでくれているわけでもない。
そのままでいい、ってそばにいてくれる人もいる。
なーんて思う。
KREVAの「かも」って曲に
似たようなフレーズがあったな。
このまま こうしていられるなら
他にはなにもいらない
そんな風に思えてしまったなら
終わりが近いのかも
ホントもう これ以上いらない
テキトーに過ごせりゃ何も変わらなくていいよ
でも 「本当の俺はこんなもんじゃない」
って あぁ 今が本当の自分なのにね
まさに今の僕だ。
テキトーに過ごせりゃ何も変わらなくていいよ。
とりあえず、今のままでも
一定水準の幸せは満たしていると思う。
仕事して奥さんとご飯食べて休日もあって
好きなゲームをして好きな番組を観て。
でもその状況に満足せずに
新しいことにチャレンジすれば
また違った毎日が待っていて
それは動かない日々より
ずっと楽しいものになるかもしれない。
とは思う。
だがもう
向上心がない。
ちょっと太りだしてきたけど
別に奥さんから痩せろとも言われない。
仕事関係の資格を取ろうと思ったけど
別に会社はそこまで僕に求めていない。
副業をしてみたいけど
別に本業の給料で生きていける。
ハングリー精神を根こそぎ抜ききってしまったみたいだ。
なのに毎日に物足りなさを感じる。
それなら動けばいい。
頭では分かる。
でも動く理由が見つからない。
ただダラダラ生きていきたいだけでもある。
でもダラダラするのが辛い矛盾。
テレビも、新しい番組より
観たことのある番組を見返すことの方が増えた。
新しい趣味より、続けている趣味に没頭することが増えた。
自分は「こういうタイプの人間なんだ」っていうことを、骨の髄まで理解するようになった。
仮面ライダーは好きだけど
エヴァンゲリオンは好きじゃない。
野球は観るけどサッカーは見ない。
みそラーメンより醤油ラーメン。
様々なことにおいて
こういう人間 というのが決まったように思う。
20代の頃は「いつか何かやってやる」と思っていた。
いまはもうそれもない。
こじんまりと奥さんと楽しく生きていれればそれだけでいい。
昔はいろんなものになりたかった。
小説家になりたかったし
ラジオのパーソナリティー、
博物館の学芸員が一番現実味を持ったなりたい職業だった。
そのために大学に行ったけど
求人が少ないこと、倍率が高いこと、
当時の彼女と早く結婚したかったこと、
総合的に見て安定なサラリーマンを選んで
夢をあきらめた。
結果、社会人になってすぐ彼女とは別れたんだけど
今の職場で奥さんと出会えたから結果オーライだ。
学芸員を目指し続けていたら、
いまとは全く違う人生になっていた。
たまに思う。
昔の自分に
胸はって現況を伝えられるだろうかと。
18歳の自分に話しかける。
「大学入学おめでとう。受験大変だったね。
今の夢は博物館の学芸員だっけ。
ぼくは12年の君だ。
ぼくは今、結婚して、マンションも買って
住宅関係の仕事をしてる。
おどろくよね、結婚できたなんて。
学芸員にはならなかったんだ。
君の隣にいる彼女が、今どこでなにしているかも知らない。
環境はガラッと変わっているよ。
幸せか?うん、幸せは幸せだ。
でも僕は何者にもなれなかったよ。
細やかな幸せを味わうくらいしかできない
平々凡々な男になった。
つまんねーの…って、、、、
人生ってさ、つまらないもんなんだよ。」
あぁ、やらないといけないことを用意されないと
なにも出来ないなんてまるで子供だ。
僕はうまく大人になれなかったのだ。
なんとなく気づいていた。
業務時間中だけ大人の真似をしているだけなのだ。