まめカメラ

まめのカメラブログ

カメラが好きな八王子在住 28歳のブログ

【短編小説】隻眼の猫

あるところに目がひとつしかない猫がいた。


産まれて初めて目が開いた時、すでに誰もいなかった。
他の猫に会ったこともないし、もちろん親にも、兄弟にも会ったことはない。
そのため、自分が猫と呼ばれる生き物であることも知らず、まだ十分に歩けないような頃から自力で、寂しく、死に物狂いで、なんとか生きてきた。


産まれ落ちたこの小さな森が住み処だ。
この森はネズミが多い。初めてネズミを食べた時のことは今でも忘れない。まるでこのために生まれてきたのではないかと思うほど、身が震える味がした。
それから毎日のようにネズミを追い回してはご馳走になった。


冬が来てネズミたちが冬眠してしまうと、木の実や果物を食べて過ごすしかなかったが、やはりあの味が忘れられない。

ある冬、食べ物を探してあちこち歩いている内に小さな町に行き着いた。
すると道の先にネズミの大群が通り過ぎるのが見えた。
森でも見たことないような大群だ。
ネズミ。久しぶりのご馳走だ。ヨダレが垂れるのを堪えながら、そーっとそのネズミの大群のあとを追った。

『40、いや50匹はいるぞ・・・。
巣まであとをつけて、全部食べてしまおう!
ふふふ、楽しみだなぁ』



ネズミたちは建物と建物の隙間にある土管の中に入っていった。

『あの中がネズミたちの巣か。
よーし手を突っ込んで1匹1匹ご馳走になるとするか・・・』


薄ら笑いをしながら土管に近づいた時、近くにあったゴミ箱から「ガラガラ!」という音がした。
自分以外にもこのネズミたちを狙っているやつがいるのだろうか。猫は身構えた。

ゴミ箱の横から、何かがひょこっと顔を出した。


その生き物は三角の耳、しゅっとした鼻先、頬から伸びるヒゲ、クネクネと動く尻尾に、茶色の毛並み。
猫はその生き物と自分の身体の特徴がとても似ていることに気づいた。
だが、その生き物には目が2つあった。


『うわぁぁあああ!!
目が!!目が2つもある!!』


(なんだこの生き物は。き、気持ち悪い。僕とそっくりだけど目が1個多い・・・。目なんて1つでいいじゃないか。似ているけど僕とは違う別の生き物なんだろうか・・・。)

猫はその生き物が気味悪くなって、あれだけ切望していたネズミのことも忘れて、その場から逃げ出したくなった。だが、2つの大きな目で見られていると、足がすくんで動きたくても動けない。


目が2つの生き物が話しかける。

『あなた、目が1つしか無いのね。
可哀想に・・・。』


『いやいや!そっちこそなんで目が2つもあるんだ?!君はなんていう生き物なんだ?』

『二足歩行の生き物たちは私の事を猫とかモモちゃんと呼ぶわ』

『猫・・・?』

『そう。あなたも猫なんじゃないかしら。目が1つ足りないけど。』

『僕が君と同じ?!猫?!そんなわけない!
目が2つあるなんて、き、気持ち悪いよ!一緒の生き物だなんてやめてくれ!』


するとまたゴミ箱からガタガタ!という音がして、3匹の小さな生き物が出てきた。


『私の子供たちよ。』


その子供たちにも目が2つあった。

猫は恐ろしくなってついに逃げ出した。



無我夢中で走っている内に町の奥の方まで来てしまった。建物とアスファルトの道路ばかりで、森や林などの自然はだいぶ遠くになってしまったようだ。二足歩行の生き物が縦横無尽に行き交っている。


ふと道路の向かい側を見ると、自分と同じ目が1つの生き物がいた。
自分と同じ、目が1つで、尻尾が1本で、手足が4本、ヒゲが鼻の近くに3本ずつ、三角の耳、毛並みまで一緒だ。


『やっぱり仲間はいたんだ!』

猫はその仲間に歩み寄った。するとその仲間も同じように近づいてきた。
その時、大きな箱が迫ってきた。箱は4つの丸太のようなものを前後ろに2つずつ付けていてすごいスピードで猫の後ろ足を踏んずけていった。
足に激痛が走る。堪らず大声が出る。


やっと、やっと仲間に会えたのに。
僕が何をしたって言うんだ。2つも目がある変な生き物も、4つの丸太の箱も、なんだって僕の邪魔をするんだ。おかしいのはお前たちじゃないか。なんで僕がこんな目に遭わなければならないんだ。

猫は前足だけでズルズル、ズルズルと前に進んでいった。


やっとのことで仲間の目の前まで来ると、猫は右の前足をあげた。するとその仲間も同じように左前足をあげて、手が重なった。


やっと仲間に会えたのだ。この世に生まれてからずっとひとりだった。寂しかった。辛かった。ネズミなんていらないから誰かがそばにいて欲しかった。これで僕はもうひとりじゃないんだ。


2匹は寄り添うように体を合わせた。

安心して、いつの間にか寝てしまった。

翌日、二足歩行の生き物が、目がひとつの奇妙な猫の死体が雪に埋もれているのを発見した。


猫はショーウィンドウにぴったりとくっついたまま固くなっていた。